「どうする家康」秀頼公、いまだ着陣せず!関ケ原の戦いにおける三成・吉継ら、西軍首脳部の誤算【中編】 (2/4ページ)

Japaaan

航空レーザ測量とは、航空機からレーザを照射し、山に茂る樹木の間を抜けて地表にあたって反射したデータを集積し、それにより赤色立体地図を作る技術です。この方法の大きな利点は、詳細な三次元地形データにより、山に存在した城郭の堀・土塁・曲輪・虎口などを高精度に把握できることです。

NHKによる玉城の赤色立体地図

そして、この調査により、従来の関ケ原の合戦史の概念を大きく変えるかもしれない発見がありました。いや、正確に言えば再発見ということになるかもしれませんが、関ケ原古戦場の開戦地から西方2kmほどに位置する山城・玉城(たまじょう)の山頂に、巨大な陣城の痕跡を発見したのです。

玉城縄張り図

玉城の歴史は室町時代までに遡りますが、赤色立体地図により判読されたのは、その山頂にある長辺256mにもおよぶ巨大な本丸と、その周囲の比高差20mに達する人工的な切岸でした。さらに、本丸の切岸下には、西・南面に帯曲輪が配されていたのです。

これは中世の城館ではありえない規模でした。明らかに関ケ原の戦い前に、西軍の手により巨大陣城としての大改修が行われていたのです。

「「どうする家康」秀頼公、いまだ着陣せず!関ケ原の戦いにおける三成・吉継ら、西軍首脳部の誤算【中編】」のページです。デイリーニュースオンラインは、関ケ原の戦い豊臣秀頼徳川家康戦国時代カルチャーなどの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る