「自らの肉体すら実験台にして技術を磨く!」SHINRYU TATTOO STUDIO辰流「世界に名をとどろかせる刺青師の巻」珍談案内人・吉村智樹のこの人、どエライことになってます! (2/2ページ)
けれども、自分の体で試さないと、うまくならないし、お客さんの痛みは分からないです」
■刺青師に弟子入りし修業後に関西で開業
辰流さんが初めて刺青を入れたのは21歳。
「刺青師になりたい」と思うようになったのは、バンドでの東京進出を果たしてからだった。
「上京してから刺青がさらに増えました。中でも江戸川区で開業している刺青師であり、日本画家である龍志師匠のフィーリングに影響を受けました。そして弟子入りを志願したんです」
そうして東京で刺青師としての修業を積んでいた1995年、阪神・淡路大震災が起きた。故郷の西宮は壊滅状態。実家のガスや水道も止まってしまった。
「家族を助けるために西宮へ戻りました。その後、師匠から辰流の名をいただき、故郷にスタジオをオープンしたんです」
刺青の美学で、まさに故郷に錦を飾ったわけだ。好みの絵柄はドクロ。
「チベタンスカルといって、チベット密教の儀式に使用されるドクロがあるんです。それに和柄の菊をあしらうなど、海外と日本を融合した絵柄を追求したいですね」
音楽も刺青も、海外に開かれた感性を抱くYAMANEと辰流さん。話題の新譜とともに、世界中にその名が彫り刻まれるだろう。
よしむら・ともき「関西ネタ」を取材しまくるフリーライター&放送作家。路上観察歴30年。オモロイ物、ヘンな物や話には目がない。著書に『VOW やねん』(宝島社)『ジワジワ来る関西』(扶桑社)など