日本の代表的な古典芸能「人形浄瑠璃」と「文楽」は同じもの?違うもの?その歴史をたどる (2/3ページ)
近松門左衛門の『曽根崎心中』にちなんだ大阪の「曽根崎お初天神通り」
しかし、18世紀後半になると歌舞伎の人気の方が上回るようになり、人形浄瑠璃は衰退していきました。
18世紀半ばには、浄瑠璃の三大名作といわれる「菅原伝授手習鑑」、「義経千本桜」、「仮名手本忠臣蔵」が生まれていますが、これらの名作も、現在はどちらかというと歌舞伎の演目として人気があります。
人形浄瑠璃文化を担った「文楽」さて、一方の文楽は、1805(文化2)年に植村文楽軒が大坂の高津に浄瑠璃小屋を開設したのが始まりです。これが後の文楽座となり、人形浄瑠璃は再び人気を取り戻していきます。
天神橋筋商店街のアーケード入り口にある人形。浄瑠璃人形がモデルになっている
文楽はその後も300年以上にわたり、大阪を中心に多くの人に親しまれることになりました。