日本の代表的な古典芸能「人形浄瑠璃」と「文楽」は同じもの?違うもの?その歴史をたどる (3/3ページ)

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明治時代の初め頃には、人形浄瑠璃は「彦六座」と「文楽座」の二座体制で、さらに彦六座もその後解散したことから、残る興行元は文楽座のみとなってしまいました。

この流れは今も引き継がれています。よって、大阪で成立した「人形浄瑠璃=文楽」という系譜が、現在の人形浄瑠璃の伝統の主軸だと言えるでしょう。

今でも大阪にはゆかりの地が多く残っており、道頓堀には文楽が生まれた地であることを示す石碑が建っています。また、劇場があったことを示す石碑や、文楽の物語に登場する実際の場所がたくさんあります。

参考資料

教えて!かんでん – 関西電力 言葉の違いが分かる読み物 粋-iki-

日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan

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