【葉隠】武士は食わねど高楊枝…しかし生活苦で家臣が強盗、戦国大名・鍋島直茂かく語りき【後編】
前編のあらすじ
天下泰平の世となり、武辺者たちは職にあぶれて生活苦に陥っていました。
そんな一人・齋藤用之助(さいとう ようのすけ)はお城へ納める年貢米を奪い取ったのですが、たちまち捕らわれて死罪と決します。
報告を受けた主君の鍋島直茂(なべしま なおしげ)は、どんな態度をとるのでしょうか……。
【葉隠】武士は食わねど高楊枝…しかし生活苦で家臣が強盗、戦国大名・鍋島直茂かく語りき【前編】 用之助に咎は少しも無きものを……
……直茂公聞し召され候て、何とも御取合なく、「かか聞かれ候や、用之助は殺され候由。扨も不憫千万の事なり。日本に大唐を副へてもかへまじき命を、我等の為に数度一命を捨てて用に立ち、血みどろになりて肥前の国を突き留め、今我等夫婦の者、殿と云はれて安穏に日を暮すは、彼の用之助共が働き故にてこそあれ。就中用之助は究竟一の兵にて、数度の高名したる者なり。その者が米を持たぬ様にして置きたる我こそ大罪人にて候。用之助に咎は少しも無きものを、彼を殺して我は何として生きて居らるるものか。さてさてかはひなる事。」と御夫婦様御落涙にて、御愁歎大方ならず候。……
※『葉隠聞書』第三巻より
「何と、齋藤が?」
報告を受けた直茂は、そばにいた正室のお藤(おふじ。彦鶴姫、陽泰院)に語りかけます。
「嬶(かか。妻)よ、聞いたか。用之助が殺されるそうじゃ」
「えぇ?可哀想に……」
「用之助は、この日本国(ひのもと)と唐土(もろこし)を合わせても代えがたい命を、我らがために何度も捨てて奉公してくれたものじゃ」
「血みどろの槍働きで、肥前一国(現:長崎県)を獲ったと仰っていましたね」
「今日こうして我ら夫婦が豊かに暮らせるのは、彼ら一人ひとりの奉公あってこそ」
「もちろん、忘れたことなどございませぬ」
「中でも用之助は鍋島家中でも随一の武辺者、幾度も忠功を立ててくれた。そんな用之助が今日食う米にさえ困っていたことに気づかなんだ我ら夫婦こそ、大罪人ではなかろうか」
「まこと、恥じ入るばかりにございます」
「このまま用之助を見殺しにして、我らだけのうのうと生き永らえなど出来ようか……」
言葉に詰まった二人は、悲しみのあまり涙を流して泣き出してしまいました。
用之助、何しに殺し申すべきや……
……御意を請け候衆迷惑致し、引き取り罷り帰り、勝茂公へ有の儘に申し上げられ候へば、「さてさて勿体なき事に候。何をがな孝行申し上ぐべしもこそ存じ候に、左様に思召さるる用之助、何しに殺し申すべきや。早々三の丸へ罷り越し、即ち差し免し候通り申し上げ候様に。」と仰せ付けられ、用之助差し免され候段御耳に達し候へば、「子ながらも過分なる事、これに過ぎず候。」とて御本丸の方を御拝み遊ばされ候由。
※『葉隠聞書』第三巻より
「困ったなァ……」
直茂夫妻の悲しみを目の当たりにして、家臣たちは困り果てます。
「殿を悲しませたくはないが、さりとて法を曲げるわけにも参らぬ」
そこで若殿である鍋島勝茂(かつしげ)に指示を仰ぎました。
「左様か。日ごろ親孝行をしたいと思っていたところ、父上がそこまで思っていた用之助を殺す訳にはいくまい。ただちに(勝茂がいる)三の丸へ呼び出し、赦免の旨を申しつけよ」
「「ははぁ」」
果たして解放された用之助は、厚く礼を述べて帰宅します。
「父上、子の分際で出過ぎた真似をお許し下され」
勝茂はそう言って、直茂のいる本丸へ向かって拝礼したということです。
終わりに
以上、『葉隠』が伝える齋藤用之助のエピソードでした。
情状酌量の余地があるとはいえ、強盗を働いておきながら無罪放免とは少し腑に落ちませんね。皆さんなら、どんな判決を下しますか?
結局は情にほだされて釈放してしまいましたが、そもそも彼らが食うに困らぬよう取り計ることが肝要ではないでしょうか。その辺りのエピソードは又の機会に。
とは言え、一国の主になっても家臣たちの忠義を忘れていない直茂の温情を思えば、多少の生活苦でも強盗など働かなくなるかも知れません。
治にあって乱を忘れず。常在戦場の精神は鍋島家代々に受け継がれ、君臣の堅い絆が二世紀半の歳月を越えて、幕末維新の原動力となったのでした。
【完】
※参考文献:
古川哲史ら校訂『葉隠 上』岩波文庫、2011年1月日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan
