赤備、再び?設楽原の戦いで討死した山県昌景(橋本さとし)の遺志を継ぐ山県昌満【どうする家康】 (3/3ページ)

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しかし三科も小菅も負傷して退却、山県昌景は銃撃を受けて討死。敵に主君の首級を奪われまいと、家臣の志村貞盈(しむら さだみつ)が掻き切って甲斐国へ持ち帰った。

父上の仇、主君の仇を、かならず討たでおくものか。しかし奮戦も虚しく、織田の軍勢に討たれてしまいます。

……武田四郎勝頼一門親類家老之者尋捜而悉於成敗 生害之衆……山縣三郎兵衛子……

※『信長公記』天正10年(1582年)3月7日条

享年12~17歳(推定)。元服して間もない少年の果敢な最期に、織田の者たちも涙せずにはいられなかったことでしょう。

終わりに

かくして名門・山県家の嫡流は絶えてしまったものの、弟の山県昌久(まさひさ。佐兵衛)・山県信継(のぶつぐ。三郎兵衛)らは武田家の滅亡後も生き延びて徳川家康(演:松本潤)に仕えます。

家康さえも震撼せしめた?真田の赤備え(イメージ)

また赤備は武田旧臣の真田信繁(さなだ のぶしげ。真田幸村)や徳川四天王・井伊直政(演:板垣李光人)らが受け継ぎ、その勇名を後世に伝えました。

NHK大河ドラマ「どうする家康」では割愛されてしまうでしょうが、昌景の遺児たちがどこかで活躍していると思うと、少しは昌景ロスの慰めになるでしょうか。

そして直政の率いる赤備が戦場を駆け巡るのを、今から楽しみにしています(信繁は登場するでしょうか、微妙なところですね)。

※参考文献:

『甲斐国志 下』国立国会図書館デジタルコレクション 『甲陽軍鑑 上』国立国会図書館デジタルコレクション 『信長公記 巻下』国立公文書館デジタルアーカイブ

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