凄いぞ大阪!織田信長・豊臣秀吉ら時の権力者が欲しがった交通の要衝。大阪の歴史的意義【後編(戦国~近世)】 (2/5ページ)
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大阪
そんな石山本願寺に目を付けたのが、織田信長でした。古代より交通の要衝である大阪は、天下統一を進める信長にとって、その本拠を置くにふさわしい場所であったのです。
信長は「そもそも大坂はおよそ日本一の境地なり」と唱えたといいます。大阪湾には、瀬戸内からも多くの商船が入港します。すでに堺を手に入れていた信長でしたが、大阪を支配することで、さらなる経済の拡張を画策したのでしょう。そして、瀬戸内海に繋がり、大和川と淀川による水運が良好な上町台地を手に入れることは、日本だけでなく、将来的に中国への進出を考えていた信長にとって必要なことであったのです。
安土桃山時代の大阪
織田信長は、第11代宗主顕如が守る石山本願寺を10年以上にわたり、攻め続けました。当初有利に戦いを進めていたものの、制海権を奪われ兵糧が不足した石山本願寺は、ついに1580年、顕如が鷺森別院に向けて退去します。