これは大物の予感!家康三男・長丸(徳川秀忠)の幼少期エピソード【どうする家康】 (2/4ページ)
秀忠業を習ふ毎に、足を以て節を為せり、是時従容として節を撃つこと平常に異ならず、既に業終りければ、起出て左右を怒り見ること良(やゝ)久し、去れども何も言はるゝことなし、……
※『名将言行録』巻之四十二 ○徳川秀忠
秀忠は幼いころから、人並み外れて仁徳や度量にすぐれていたそうです。
そんな秀忠が13歳の時……という事は、天正7年(1579年)生まれなので天正19年(1591年)の事となります。
勉強熱心な秀忠は、家臣に書物を読ませてこれを聴いていたのですが、どういう訳か牛が乱入してきました。
ちょっと待って下さい。ふつう若君が勉強すると言えば城内のはず。そんなところまで牛がやって来たのでしょうか。
あるいは牛が近くにいるようなところ、例えばわざわざ農家などへ出向いて勉強……したとはちょっと考えにくいですね。
とにかく牛は秀忠の近くまでやって来て、誰も止めることが出来なかったのでしょう。ということは、よほど凄まじい勢いで突っ込んで来たものと考えられます。
果たして牛は戸やら障子を突き破って大暴れ。当然ながら現場は騒然となりました。
しかし秀忠は微塵も慌てず騒がず、家臣に命じて書物を読み続けさせたと言います。