その手は食わぬ!豊臣秀吉からの誘いを辞退し、忠義を貫いた鳥居元忠【どうする家康】 (2/4ページ)
その理由は?
……元忠屡々(しばしば)戦功を立つ、家康親(みずか)ら筆を染られて其戦功を賞せらるべき由(よし)を言はれしに、元忠、殿既に某(それがし)が労を知り賜へり、某又人に向て御感状を證(あかし)として、其功に誇り申べきと申して辞す。之(これ)に依て、元忠に賜はる所の書は、尋常の感状にては之なく、悉(ことごとく)く、直判(じきはん)の内書(ないしょ)なり……
※『名将言行録』巻之五十一 鳥居元忠
元忠は初陣以来、数々の合戦において武勲を重ねてきました。これに対して家康が自ら感状(表彰状)を書こうとしていると聞いた元忠は、家康にこう言います。
鳥居彦右衛門(鳥井彦右エ門)元忠。歌川芳虎「東照宮十六善神之肖像連座の図」より
「それがしの働きは、殿がすべてご存じでありさえすればいいのです。御感状を他人に見せびらかして自慢するような、浅ましいことは致しませぬ」
他人よりも優れているとか、今回も手柄を立てたとか、そんな事はどうでもいい。たとえ天下じゅうから何を言われようが、殿さえお認め下さるなら、それがしはそれだけで満たされるのです。