大谷翔平は「やっぱりすごい!」世界が驚く野球人生を小学5年生時からプレイバック! (2/2ページ)
打撃練習中、場外の川まで打球が飛んでボールがなくなってしまうので、“引っ張り禁止令”が出たことも。ここで逆方向への打撃を覚えたことが、今の豪打につながっています」(前同)
また、大谷の打球が非常に速くて危険だということで、“ピッチャーライナーは絶対に打つな”とも厳命されていたそうだ。
その後、大谷は菊池雄星(現ブルージェイズ)の活躍に触発され、地元の強豪、花巻東高へと進学。そして、高校1年秋の東北大会1回戦・学法福島戦。1年生エースとしてマウンドに上がった大谷は、147キロの快速球を投げ込んだ。
その瞬間を現地で見届けたライターの菊地高弘氏は、
「数多くの高校球児を取材してきたが、あの1球に勝る美しさには僕自身、いまだに出合ったことはない」
と興奮気味に振り返る。
「あの大きな体を驚くほどしなやかに操って、まるで“踊るように”指先にピチッとかかる素晴らしい球を投げていた。147キロを記録したのは、低めギリギリから浮き上がる、マンガ的に言うなら、受けた捕手が押されて飛び上がるような球でした」(前同)
大谷の身体能力の高さは、小学校低学年にして水泳のバタフライをマスターするなど、幼少期から折り紙つき。花巻東高でコンディショニングコーチを務めた小菅智美氏も、「何をやっても、その競技のトップクラスになれる」と太鼓判を押していたほどだ。
「従来の野球選手に対して持っていた“逸材”像を覆すほど、あらゆる能力を当時から、すべて備えていたのが大谷という選手。“誰々のような”といった形容詞で語れる次元では、そもそもありませんでした」(前出の菊地氏)
9月11日発売の『週刊大衆』9月25・10月2日号では、大谷の高校時代以降の「すごい伝説」も掲載されている。