忠義をとるか?女をとるか?そりゃあもちろん……「三河武士の鑑」鳥居元忠はこうした【どうする家康 外伝】 (3/3ページ)

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終わりに

彦右衛門の側室となった馬場美濃の娘(イメージ)

……武田氏亡て後、家康馬場信房が娘、去る所に隠くれ居るを聞き、元忠に命じて捜索せしむるに、見えざる由申して止みぬ。其後先きに隠れ居ると申しゝ者、重ねて家康前へ出し時、又候此事尋ねられしに、其者膝近く匍匐寄りて、真とは其娘元忠が方に往着きて、今は本妻の如くにてあると申せば、あの彦右衛門と曰ふ男子は、年若きより何事にもぬからぬ奴なりと、高聲にて笑はれしとぞ……

※『名将言行録』巻之五十一 鳥居元忠

かくして馬場の娘を側室に迎えた鳥居元忠。その後、彼女との間には一女三男を授かりました。

女子

母は馬場美濃守氏勝(信房、信春)が女。家傳に、元忠東照宮の仰により、氏勝が女を娶て妾とすといふ。戸澤右京亮政盛が室。

鳥居忠勝

左近母は上に同じ。家臣となる。男瀬兵衛兵衛忠豊がとき、水戸中納言頼房卿につかふ。

鳥居忠頼

鳥居権之助忠洪が祖。左門 讃岐守 石見守 美濃守 母は上におなじ。

鳥居忠昌

伯耆守 今の呈譜忠義に作る。母は上におなじ。家臣となる。

※『寛政重脩諸家譜』巻第五百六十 平氏(支流)鳥居より

※文中「家臣となる」というのは徳川家ではなく、鳥居家の嫡男である鳥居忠政(母は正室・松平家広の娘)に仕えたことを指しています。そう書かれていない鳥居忠頼は別家を興しました。

かくして武田家を支えた名将の血脈は後世に受け継がれ、徳川将軍家を扶翼することとなるのですが、それはまた別の話。

NHK大河ドラマ「どうする家康」では子供はおろか妻妾も描かれていない彦右衛門ですが、今後登場する機会はあるのでしょうか。

これからも、彼らの活躍を楽しみに見守っていきましょう!

※参考文献:

『名将言行録 6』国立国会図書館デジタルコレクション 『寛政重脩諸家譜 第三輯』国立国会図書館デジタルコレクション

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