国民的菓子・シュークリームは日本でどのように展開した?本場フランスとの違いなども解説 (2/3ページ)

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そして彼の弟子である村上光保氏が、日本初の洋菓子専門店「村上開新堂」をオープンさせ、シュークリームを販売。

さらに1884年には、現在の東京凮月堂の前身にあたる米津凮月堂によっても製品化されました。

ちなみに凮月堂は、洋菓子については時代の最先端を行っており、日本で初めてチョコレートを発売した店でもあります。1878年12月24日、つまりクリスマス貯古冷糖という字を当てた広告を出すというハイカラぶりでした。

そんな風月堂が、シュークリームというお菓子に目をつけるのは必然だったと言えるでしょう。

本場のものに近いシュー・ア・ラ・クレーム

明治の終わり頃になると、洋菓子全般が一般家庭にも知られるようになりました。1904年にジャーナリストの村井弦斎が著した『食道楽』には頻繁にシュークリームの名が出てきます。

しかし、当時はまだシュークリームは高級洋菓子に近い扱いでした。一般庶民にまで「おやつ」として普及するのはまだまだ先のことで、冷蔵庫が普及する昭和30年代をまたなければなりません。

シュークリームは日本人向け

さて、ところで最初に書いた通り、シュークリームという名称はフランス語と英語の合成語で、本場のフランスにはそのような名前の菓子は存在しません。

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