【吾妻鏡】トキューサ(北条時房)の流鏑馬デビュー!本番前の特訓エピソード【鎌倉殿の13人 外伝】 (3/3ページ)
地味だけど、ここ一番で活躍した北条時房。ここでは和田義盛を説得している。国立国会図書館 蔵「和田義盛への使いに向かう北条時房の図」
九日 癸卯 将軍家、由比の浦に出でしめたまふ。これ来放生会の流鏑馬の射手を召し具せらるるところなり。おのおのその射芸を試みらる。北条五郎時連、始めてこの役に従ふ。下河辺庄司行平をして、その体を訓へしめたまふ。しかるに弓の持ち様に就きて、武田兵衛尉有義・海野小太郎幸氏等、子細を申す事あり。行平、譜第の口伝・故実等を述ぶ。将軍かの儀に甘心せしめたまふ上勿論なり。
※『吾妻鏡』建久4年(1193年)8月9日条
かくして猛特訓を積んだ時連は、果たして流鏑馬神事に出場。努力の成果を全力で出し切り、良い結果が残せたことでしょう。
北条時房(時連)と言うと、兄・北条義時やその子・北条泰時らの補佐役に回るイメージが強く、比較的影の薄い印象です。しかし地道な努力で文武両道を兼ね備え、彼らの功業を下支えしていたのでした。
北条時房のエピソードは他にもたくさんあるので、また改めて紹介したいと思います。
※参考文献:
五味文彦ら編『現代語訳 吾妻鏡6富士の巻狩り』吉川弘文館、2009年6月日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan
