瀬戸内海に橋を!168名が犠牲になった「五大事故」のひとつ・紫雲丸事故とは?【前編】 (2/4ページ)

Japaaan

宇高航路も、四国と本州を結ぶ海運の大動脈の一つだったと言えます。一日往復約60便が運航されており、紫雲丸型の客船が三隻、第三宇高丸をはじめとする貨物船も三隻、それぞれ就航していました。

二隻が衝突したのは午前6時56分のことです。紫雲丸は、衝突する16分前の午前6時40分に高松を出発して岡山県宇野に向かっていました。対する第三宇高丸は、午前6時10分に宇野を出航して高松に向かっているという状況でした。

衝突は、紫雲丸の右舷船尾に、第三宇高丸の船首が前方から約70度の角度で突っ込む形で発生しました。本来ならうまくすれ違うべきところで、紫雲丸がいきなり左折してしまったのです。

第三宇高丸(Wikipediaより)

第三宇高丸から見れば、こちらに向かってきていた紫雲丸が、いきなり曲がって目の前を横切ってきた形でした。その時、紫雲丸は約10ノットで、そして第三宇高丸は約12.5ノットの全速力で航行していたといいます。

被害と犠牲

船尾に突っ込まれた紫雲丸は、そのまま沈没。781名という大人数が乗船しており、うち168名が亡くなるという大惨事になりました。負傷者も、船客107名と乗組員15名あわせて122名にのぼっています。

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