まさに縁の下の力持ち!秀吉の弟・豊臣秀長の人柄がわかる功績やエピソード【どうする家康】 (3/4ページ)
高虎にとって秀長は、自身の才能を上手に引き出し、開花させた恩人だったのかもしれません。
豊臣政権の調整役として貢献した
秀吉が秀長を信頼していたことを代表する発言として「内々の儀は宗易、公儀の事は宰相存じ候、いよいよ申し談ずべし(『大友家文書禄』より)」があげられます。
秀吉がこの言葉を言ったのは天正14年(1586)頃、大友宗麟が島津氏の圧迫に苦しめられた時でした。
ちなみに、意味は「内密なことは宗易(千利休)に、政治的なことは宰相(秀長)に、それぞれ相談せよ」となります。
この発言から、秀吉は秀長に大名たちの統制を任せていたことがわかります。温厚な性格の秀長を頼る大名は多く、秀吉へのとりなしを頼まれていました。