まさに縁の下の力持ち!秀吉の弟・豊臣秀長の人柄がわかる功績やエピソード【どうする家康】 (4/4ページ)
また、甥の羽柴秀次が小牧・長久手の戦いで失態を犯した際には紀州征伐と四国攻めに従軍させ、秀吉への信頼回復に尽力したことから大名だけではなく、親族にも頼りにされていたことがうかがえます。
最後に秀長の死後、利休や秀次といった豊臣政権に関わる人物が秀吉によって命を落としていることから秀長が秀吉のブレーキ役だったことがわかります。
まさに秀長は豊臣政権における潤滑油の役割を担っていたといっても過言ではありません。それを裏付けるように、秀長死後には朝鮮の役の失敗や徳川家康の台頭で豊臣政権が一気に崩れていきました。
また、豊臣政権は秀長のような屋台骨が支えていたことがわかりますね。
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