瀬戸内海に橋を!168名が犠牲になった「五大事故」のひとつ・紫雲丸事故とは?【後編】 (2/4ページ)
結論を先に言えば、「事故が発生したのは、紫雲丸の船長と第三宇高丸の船長の過失原因である」という裁決に達しています。
この事故の最大の謎は、衝突直前、なぜ紫雲丸は突然左に反転したのかという点でした。しかしこれは船長が亡くなっているので確かめようがなく、さしあたりその直前にレーダーで第三宇高丸の存在が確認されたので、これを避けようとしたのではないかと見られています。
事故の五つの要因ただ、紫雲丸が左に曲がった理由は不明ではあるものの、事故が起きた要因自体ははっきりしていました。列挙すると以下の通りになります。
①紫雲丸が出航直後に100メートルしか進んでいないのに突然北西に進路変更したこと(本当は500メートル進んでから変更するはずだった)
②二隻の船のスピード違反
③亡くなった船長が濃霧の中で目視による注意を怠った
④紫雲丸が衝突直前にいきなりエンジンストップした
⑤衝突直前の同船の突然の左折
こうした点からも、二人の船長の責任は明らかでした。また、事故から8年が経った1963(昭和38)年3月19日には、高松高等裁判所で刑事裁判も行われ、紫雲丸の航海士と第三宇高丸の船長に有罪判決が出ています。
二つの「大橋」建設へ
さて、紫雲丸事故がもたらした大きな影響として外せないのが、四国と本州をつなぐ「大橋」の開通でしょう。