織田信長に追放される足利義昭の悪あがき「槇島城の合戦」とは【どうする家康 外伝】 (2/4ページ)
七月六日 信長公 彼大船尓めされ雖風吹候(かぜふきそうろうといえども)坂本口へ推付(おっつけ)御渡海也(おわたりなり)其日ハ坂本に御泊
※『信長公記』巻之六(七)「公方様真木島に至て御退座の事」
【意訳】7月6日、義昭挙兵の報せを受けた信長は、大船に乗って逆風の中で琵琶湖を渡り、坂本へ到着。その日は坂本城で宿泊した。
七月七日 御入洛(ごじゅらく)二條妙覚寺尓御陣を居(すえ)られ候猛勢を以て御構被取巻(とりまかれ)公家衆大軍尓驚耳目(じもくをおどろかし)御侘言(おんわびごと)申人質進上被申(しんじょうもうされ)各も御同陣尓て候也
※『信長公記』巻之六(七)「公方様真木島に至て御退座の事」かj
【意訳】7月7日、京都に入った信長は妙覚寺に布陣。猛然と二条御所を包囲し、恐れおののいた公家衆がたちまち降伏。詫びごとを述べて人質を差し出す。信長は槇島城攻めに臨んで、彼らも戦陣へ引き連れていくことにした。
鎌倉武士たちを偲びつつ、宇治川を渡る