【島原の乱】敵を目前に「疝気(せんき)の虫」が発症、無念の死を遂げた三瀬源兵衛のエピソード【葉隠】 (2/3ページ)

Japaaan

「おぉ、内匠か。わしは疝気じゃ……一歩も動けぬゆえ、組の者は先に行かせた。そなたが追いついたら、連中の指揮をとってくれ……」

疝気(せんき)とは下腹部の痛みを伴う病気の総称で、俗に男性器の炎症ともされました。病因が特定できないことから「疝気の虫」とも呼ばれます。

何が原因かはともかく、源兵衛は動けないほどの激痛に苦しんでいました。中野内匠は頼みを受けて先へ進み、源兵衛はその場に留まります。

果たして戦は勝利したものの、源兵衛の様子は目付によって報告され、切腹を命じられてしまいました。

「三瀬源兵衛、腰抜けにつき、切腹を命ず」

「……是非に及ばず」

敵前逃亡でもしたならともかく、勇敢に戦っていながら突然の発症で不覚をとった源兵衛は、かくして非業の死を遂げたと言うことです。

終わりに

有馬城(原城)の攻防戦。斎藤秋「嶋原陣図御屏風」

五五 有馬落城、廿八日、詰の丸にて、三瀬源兵衛あぜに腰掛け居り申し候。中野内匠通り懸り、仔細尋ね候へば、「疝気起り、一足もひかれず候。組の者は先に遣はし候間、下知頼み申す」由申し候。この様子、御目付言上、腰抜け候由にて切腹なり。

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