最期はせめて夫の前で…平安時代、前九年の役で命を散らした安倍則任の妻は、どんな末路を辿ったのか【前賢故実】 (3/3ページ)
安倍則任の妻。我が子を抱き、入水を遂げようとしているところ。菊池容斎『前賢故実』より
やがて康平5年(1062年)9月17日に安倍一族の棟梁・安倍貞任が討死、宗任が降伏したことによって前九年の役は終結しました。
昔から「勝てば官軍、負ければ賊軍」とは言うものの、負けた側にも正義はあり、守りたかった誇りや信念があったのです。
家族を奪われ、敵に辱められてまで命を永らえたくない。彼女の最期は、言わば尊厳と矜持を守り抜く最後の抵抗と言えるでしょう。
その生き方は烈女の鑑として後世に伝えられ、こうして『前賢故実』に記されたのでした。
『前賢故実』には他にも魅力的な人物が何百人も収録されているので、また改めて紹介したいと思います!
※参考文献:
菊池容斎『前賢故実』国立国会図書館デジタルコレクション 高橋崇『蝦夷の末裔 前九年・後三年の役の実像』中公新書、1991年9月日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan
