元は公家出身のヤンチャ小僧!最後の元老・西園寺公望はどのような政治家だったのか?【後編】 (2/4ページ)

Japaaan

「内閣の毒殺」の元凶となった上原勇作陸軍大臣(Wikipediaより)

彼はは政界から引退した後、最重要の重臣である「元老」として君臨することになります。

元老としての西園寺公望

さて、明治天皇が崩御すると、1912年8月時点で生存していた山縣有朋・松方正義・井上井上馨・大山巌・桂太郎、それに西園寺の六人が元老となります。その後、1924年の政変時には、山縣・井上・大山・桂は死去しており、病床にあった松方も七月に死去しました。

こうして、西園寺公望は日本史上最後の元老になり、宰相の指名権を事実上独占する形になりました。

第一次世界大戦終結後の1919年に開催されたパリ講和会議では、全権首席として出席しています。

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