江戸時代の「三大大火」とは?大火は根絶されたのか?今昔火災史を紐解く (2/4ページ)
ちなみに明暦の大火は、「世界三大大火」のひとつとされていますが、残りの二つのうちひとつは、1666年に起きたイギリスで発生し1万3千人戸の住宅を焼き尽くした「ロンドン大火」です。
またもうひとつは、西暦64年にイタリア・ローマのスラム街で発生して、町の半分以上を焼いた「ローマ大火」です。
「目黒行人坂大火」と「丙寅の大火」江戸時代の三大大火のふたつめは、明和9年2月29日に発生した「目黒行人坂大火」です。現在の目黒区下目黒1丁目付近にあたる目黒行人坂の大円寺という寺から出火し、麻布から江戸城周辺までの武家屋敷を焼き尽くしました。
原因は寺のお坊さんによる放火で、火災は神田・千住方面にまで拡大し約1万5千人の死者を出しています。
このお坊さんは、『鬼平犯科帳』で名を知られる火付盗賊改役・長谷川平蔵によって捕らえられて、火あぶりの刑となりました。
そして、最後は文化3年・丙寅の年の3月4日に発生した「丙寅の大火」です。これは現在の港区高輪二丁目付近にあたる芝・車町の材木屋付近から出火しました。
炎は折からの激しい南風によって煽られて一気に燃え広がり、京橋・日本橋の大半を焼き尽くしました。そして神田・浅草までも拡大し、最終的には下町530町が焼け野原になっています。