江戸時代の「三大大火」とは?大火は根絶されたのか?今昔火災史を紐解く (3/4ページ)
この、丙寅の火災による死者は1,200人に上りました。これを受けて、幕府は焼け出された人たちのために御救小屋(おすくいごや)と呼ばれる施設を建てています。
これは、現代でも災害発生時に設置される仮設住宅のはしりと言えるかも知れません。
「大火」は過去のものではない死者が千人から一万人以上という大火は、いくら火災が多い江戸時代でもかなり珍しいものです。
しかも今は、昔よりも防災体制がしっかりしているので、この「三大大火」のような火災はかなり起きにくくなっていると言えるでしょう。
しかし、明治時代以降も、決して「大火」と呼ばれるような火災が根絶されたわけではありません。
大正時代には、言うまでもなく関東大震災によって東京と横浜で大火災が発生して大勢が亡くなっています。
またその後も、昭和9年3月21日には北海道函館市で大火災が発生しており400万平方メートル余りが焼失。死者2,000人以上、焼失戸数2万戸という被害が出ています。