大義を思う者は最期まで…石田三成が処刑直前に干し柿を拒んだ理由とは?【どうする家康】 (2/3ページ)

Japaaan

お気持ちだけいただこう」とのこと。これを聞いた人々は大笑いします。

「はっはっは!これは傑作だ。これから首を刎ねられようと言うのに、健康を気にされるとは……」

どうせ死ぬのに、無駄ではないか。言われてみれば、そう思うのも無理はありません。

(合わせて、どうせ死ぬ三成に干柿を与えた者もお人よしですね。どうせ死ぬどころか、返ってくる見込みもないのですから)

しかし、三成は毅然として言いました。

「なるほど、そなたらはそう思うのであろう。しかし、わしには守るべき大義がある。大儀に生きる者は、首を刎ねられるその瞬間まで命を大切にして、志を諦めないものなのだ」

たとえ武運拙く敗れたからと言って、決して恥じることではない。最後の最期まで諦めることなく大義を思い続けてこそ、その志を継ぐ者が現れよう。

斬られるならば仕方ない、その死に様に天下の大義を示すまで。覚悟を決めた三成は、顔色一つ変えずに斬られたということです。

終わりに

天下の義将として再評価が進む石田三成(画像:Wikipedia)

三成は、五奉行の一人なり。勇智兼備の聞え、世以て賞美せり。諸大名の取次、天下の法政を司りし故、威権赫奕(いけんかくえき)として肩を比(なら)ぶる人なし、かゝりければ、佐和山落城の後は、さぞ華麗ならんと、人々思ひたるに、豈(あ)に図らんや、居所は皆荒壁にて上塗せしはなく、屋中は多く板張の儘(ま)にて居館の障子襖は反古紙(ほごがみ)を用ひ、庭中も樹木抔(など)植たる物好なく、手水鉢(ちょうずばち)抔粗末なる石のさまなりしかば、皆々案外にてありしなり。又城中を改むるに、金銀は少しもなかりしとぞ。

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