大義を思う者は最期まで…石田三成が処刑直前に干し柿を拒んだ理由とは?【どうする家康】 (3/3ページ)
※『名将言行録』巻之三十六 石田三成
かくして刑場の露と消えた三成。これまで五奉行の一人として豊臣政権を切り盛りしてきたのですから、さぞかし莫大な財産を蓄え込んでいることだろう……そう思った手合いも少なからずいたことでしょう。
しかし三成の本拠地である佐和山城が陥落した後、城内を探ってみると粗末や粗末。壁は土がむき出し、床は畳もなく、障子や襖は反古紙(書き損じの紙)を張っている有り様。
庭にはまともな植え木もなく、手水鉢も実に粗末。そして金銀の蓄えなどほとんどありませんでした。まさに私財を投じて公正無私の政治を行い、豊臣家への忠義をまっとうしていたのです。
その誠意が少しでも周囲に理解されていれば、歴史は大きく変わっていたかも知れませんね。
果たしてNHK大河ドラマ「どうする家康」では、天下の義将・石田三成がどのような最期を遂げるのか、今から心して見届けたいと思います。
※参考文献:
岡谷繁実『名将言行録(五)』岩波文庫、1944年5月日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan