薩長同盟、実は「倒幕はしない」同盟だった!?真の目的と本当の敵は誰だったのか? (2/4ページ)

Japaaan

これはどうしたことでしょう?

薩摩に頼った長州藩

まず、薩長同盟の条文はいくつかありますが、その主なものは「長州征伐が再開されれば薩摩藩は京と大阪に二千の兵を送る」「戦局が、長州の方が有利なら朝敵解除の工作をする」「長州の濡れ衣が晴れれば、両藩は国のために力を合わせる」などといったものです。そこに倒幕という文字はありません。

では、この同盟は一体何のために結ばれたのかというと、それは何より長州藩を助けることでした。

1863年に起きたクーデターによって、長州藩は京から追放されていました。その後に起きた蛤御門の変(禁門の変)は、長州藩が状況を打破するために起こしたものだったのですが、これによってかえって長州は朝敵として指定されることになり、いわゆる第一次長州征伐で軍事討伐の対象となっています。

薩長同盟の当事者の一人・桂小五郎の像(京都市中京区)

これに対して長州藩は表向きは幕府に恭順したものの、幕府はなおも締め付けを厳しくしたので、藩はまさに崩壊寸前でした。

では、藩の存続のためにはどうすべきか。そこで頼ったのが薩摩藩です。

しかし薩摩藩はと言えば、この時点では幕府を倒すことまでは考えていませんでした。

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