薩長同盟、実は「倒幕はしない」同盟だった!?真の目的と本当の敵は誰だったのか? (3/4ページ)
西郷隆盛が考えていたのは有力諸藩による連合政権を樹立することで、これをもって幕府に対抗し、幕府の影響力を削ごうとしていたのです。
彼が長州藩を放っておけなかったのは、もしもここで長州が崩壊してしまえば幕府の力が高まるおそれがあったからでした。
薩長同盟の「仮想敵」はとはいえ、薩摩藩は武力行使について全く頭になかったわけではありません。同盟の条文には「会津及び一橋などが朝廷を味方とし、要求を拒んだ場合は決戦に及ぶ」と書かれています。
この「会津と一橋」というのは、当時、朝廷の後ろ盾を得て国政の重要部分を担っていたグループのことで、研究者の間では「一会桑政権」とも呼ばれています。
長州征伐を主導したのもこのグループで、薩摩藩は、彼らが薩長同盟の要求を拒むなら挙兵もありうると考えていたことが分かります。
このように、薩長同盟は武力行使の可能性を全く考えていなかったわけではありませんでしたが、いわば「仮想敵」はごく限られた一派であり、この時点では倒幕までは考えていなかったのです。