男色で色仕掛け、火縄銃で暗殺…戦国時代の武将・宇喜多直家が実行した前代未聞の暗殺の数々 (3/3ページ)
しかし、当時はまだ前代未聞の暗殺方法であり、これは日本初の銃を使用した暗殺として記録されることになります。
暗殺がバレたときに言い放った驚きの言い訳前代未聞の暗殺方法や敵の弱点を見抜く力など、暗殺に関して天才の域に達している宇喜多直家ですが、人を殺したことがバレた時にはとんでもない間抜けな言い訳をしていたようです。
それは、1568年に金川城周辺で行われた鹿狩りでのことでした。前年1567年に苦しい戦いを強いられた「明善寺合戦」で援軍を出さなった松田元輝に対して腹を立てていた宇喜多直家は、鹿狩りの参加者メンバーにいた松田氏の中心人物・宇垣与右衛門を弓で射殺してしまうのです。
普段はカモやキジの食料を捕獲するだけで平和に終わるのですが、宇喜多直家のせいで現場は騒然となります。その場を収めるために宇喜多直家が言い放ったのは「鹿と間違えた」という一言でした。この発言は、相手次第で即開戦となっていた可能性が非常に高かったでしょう。
しかし、バレバレの噓に気づいた松田元輝は、明善寺合戦での負い目や宇喜多家との関係悪化を懸念して追及することはなかったといいます。
非常に切れ者であったとされる宇喜多直家のこと、バレバレの嘘も戦いに発展しないことを予測した発言だったのかもしれません。
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