芸者から総理大臣の愛妾に、その後事件で尼僧となった明治時代の麗しき女性・お鯉(安藤照子) (2/3ページ)
歌舞伎役者と結婚も、すぐに離婚、そして大物政治家の愛妾に
照子はその後、歌舞伎役者の市村羽左衛門と結婚しますが、まもなく離婚し、再度芸者に戻ります。そして、24歳ごろに人生の転機が訪れます。元老山県有朋の紹介により、桂太郎の愛妾となったのです。
日露戦争も乗り切った大宰相・桂太郎!その卓越した手腕と悲劇的最期【前編】このとき照子は桂に対して「遊びではなく、生涯大事にしてくれないのであれば嫌だ」と言ったと言われており、桂はその気風の良さに惚れたとも言われています。
また、病気がちであった桂の妻に代わり、桂の世話をしました。ちなみに、当時桂は内閣総理大臣であり、その官邸内には「お鯉の間」がもうけられたといいます。
なお、桂はこの当時を含めて合計3回も総理大臣の職についてますから、その立場の高さが伺えるのではないでしょうか。
