芸者から総理大臣の愛妾に、その後事件で尼僧となった明治時代の麗しき女性・お鯉(安藤照子) (1/3ページ)

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芸者から総理大臣の愛妾に、その後事件で尼僧となった明治時代の麗しき女性・お鯉(安藤照子)

江戸時代の末から明治時代にかけては、カメラ・写真が普及した時期でもありました。そのおかげで、現代に生きる私たちも、当時の人々の様子をよりリアルに知ることができるようになっています。

そんな当時の写真が残っている人物の一人に、お鯉(安藤照子)という女性がいます。今回の記事では、そんなお鯉の姿に迫ってみたいと思います。

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14歳で芸者になり花柳界へ

照子は、明治13年に四谷見附の漆問屋に生まれました。生家が没落し、6歳で新宿の引き手茶屋・安藤家の養子となります。

しかし、安藤家も家が傾き、照子は14歳で新橋の芸者となり、花柳界入りします。

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