芸者から総理大臣の愛妾に、その後事件で尼僧となった明治時代の麗しき女性・お鯉(安藤照子) (3/3ページ)
ちなみに、歴史の教科書にも乗っている「日比谷焼き討ち事件」の際には、「桂とともにお鯉を殺せ」といった声が上がったと言われています。
桂の死後、事件で有罪となり、出家桂の死後は、待合や銀座カフェー・ナショナルを経営したり、彼の遺児たちを育てたりしました。しかし、934年に帝人事件に連座し、有罪となります。事件の後は出家し、目黒にある羅漢寺の尼僧となっています。
その後、69歳で亡くなりました。
ちなみに、羅漢寺の本堂脇に「お鯉観音」というものがあり、これは彼女にちなんだものです。
いかがでしたか?この記事が、みなさんが少しでも日本文化や歴史の面白さに興味を持つきっかけになれば嬉しいです。
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