プエルトルコの洞窟でこの地に存在しないはずのライオンの壁画が発見される

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プエルトルコの洞窟でこの地に存在しないはずのライオンの壁画が発見される
プエルトルコの洞窟でこの地に存在しないはずのライオンの壁画が発見される

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 アフリカのライオンに似た生き物など、一連の謎めいた壁画がカリブ海の島、プエルトリコの洞窟で発見された。

 プエルトリコにライオンが生息していたことはない。新たな研究は、なぜ、そんな場所でアフリカ原産の動物を描いた絵が発見されたのか?という謎がきっかけだった。

 そして研究の結果、プエルトリコで初めて人が定着した年代を数千年さかのぼらせることにもなった。

 これが確かならば、ヨーロッパの初期の侵略者による推定や、洞窟や周辺で発見された遺物の年代を特定するその後の研究とは真っ向から矛盾することになる。

・プエルトリコの入植時期を調べるために壁画を徹底調査
 プエルトリコの歴史には、いまだ不明な点が多い。地元に住む多くの人たちは、一般的に言われている島の入植時期はまったく正確ではないと言う。

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 これまで信じられてきたことと、現代の歴史年表の間の矛盾が、プエルトリコ大学(UPR)アレシボ校の地球物理学者、アンジェル・アコスタ=コロン氏の関心に火をつけ、最新の科学技術を使って、島じゅうに存在する洞窟壁画のより正確な年代を調査し始めるきっかけとなった。

「プエルトリコの壁画芸術のさまざまな年代を理解するために、たくさんの研究が行れわた」アコスタ=コロン氏は、この10月にアメリカ地質学会に提出した論文で説明している。

 島で壁画が描かれた時期をもっと正確に突きとめるのに、年代が絶対的に確定している考古学的文脈に空間的に近いかどうかをベースに、間接的に見積りが行われてきた。

 データ化されたほかの遺物に基づく遺跡の年代特定は、研究者が利用できるひとつのやり方だが、もっと具体的な方法もある。

 今回の場合、アコスタ=コロン氏ら研究チームは、炭素14年代測定という、もっと精度の高い方法に頼ることに決めた。

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年代が経るにつれ、洞窟壁画はただの幾何学模様から、このエイの絵のようにはっきりなんの動物かわかる詳細な絵へと移行した / image credit:A. Acosta-Colon

 まず、研究チームは、プエルトリコのさまざまな時代の古代の絵が描かれた60以上の洞窟のうち11箇所を選んだ。次に、謎のアフリカライオンを含め、使われた顔料のサンプルを集め、その絵がいつ描かれたかを特定する。

 絵そのものにダメージを与えないようにするため、顔料のサンプルを集める作業は、非常に慎重を要するものだった。

「壁画は無限ではなく、限られたものです。一度触れてしまえば、ずっと触れることになり、未来の世代に、私たちが見ているものを目にする喜びを与えてあげることができなくなります」

 ごく普通に見られ、それほど独特なものではないさまざまな絵をいくつか選んで、それぞれを描くのに使われている顔料サンプルを、およそ1ミリグラムか2ミリグラムずつ集めた。

 炭素14測定では結果が出ない芸術形式であるペトログリフ(エッチング)やパイログリフ(燃やした材料で描いたもの)とは対照的な顔料が使用された絵を対象として採取し、サンプルはトータルで61グラムになった。

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洞窟壁画は異なる時期に描かれることもある。この絵に描かれているトカゲは、その下の太陽よりも新しいものだ / image credit:A. Acosta-Colon・プエルトリコにはヨーロッパ人が侵入してくる数千年前から人がいた
 試験によって、壁画のさまざまな年代が明らかになった。アコスタ=コロン氏が最初に目に留めたのは、紀元前700年から紀元前400年の古期として知られる最古の年代のものだ。

 この年代は、プエルトリコに人が最初に定住したと一般に言われている年代とは2000年もずれていて、アコスタ=コロン氏たちが計算した年代と一致している。

「これは、私たちにとって非常に重要なことです。ヨーロッパ人がプエルトリコに侵略してきたとき、それまでの先住民の歴史は、400年から500年しかなかったという記録が提出されていたからです」アコスタ=コロン氏は言う。

「ですから、今回の発見によって、ヨーロッパ人が侵略してくる何千年も前から、プエルトリコには人が住んでいたことが、考古学的文脈ではなく、科学で明文化されたことになります」・アフリカにしかいないはずのライオンの絵の壁画の謎
 洞窟でのもっとも驚きの発見は、謎めいたアフリカライオンの絵だろう。

 「どう見ても、私たちにはライオンのように見えます。でも、プエルトリコにはライオンはいないはずですが」

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無数の洞窟壁画とアコスタ=コロン氏。ライオンにしか見えない絵もある。彼はスペインによる植民地化に伴い、この島に連れてこられた奴隷が描いたものではないかと推測している / image credit:A. Acosta-Colon

 ライオンの壁画に使われた顔料を炭素14測定で分析した結果、西暦1500年頃に描かれた可能性がもっとも高いことがわかった。

 ここから、研究チームは、プエルトリコにいないはずのライオンが描かれている理由の説明として、スペイン人が侵略してきたこの時期に、一緒に連れて来られたアフリカ人奴隷が描いたものである可能性を指摘した。
絵が描かれたのは、西暦1500年頃であることはわかっています。これが、プエルトリコの洞窟での最初の奴隷芸術のひとつであることを裏付けるデータが、私たちにはあります
 アコスタ=コロン氏は、この説が物議を醸すことはわかっているとしている。しかし、西暦1500年代に、プエルトリコ固有のライオンが存在したという仮説よりは、説得力があると指摘している。

 今後、プエルトリコ全土にある洞窟壁画の調査をさらに進めることで、プエルトリコの始まりの年代が、紀元前5000年頃にさかのぼる可能性があるという。

 今後の研究で、どのような日付が明らかになろうとも、プエルトリコのライオン壁画の謎を解明するだけでなく、ヨーロッパの歴史家が思い込んでいた日付を遥か古代に修正し、研究チームの当初の目的のひとつをすでに果たしているようにも思われる。
普通、私たちはヨーロッパ目線の歴史にしか接触できません。でも今回の発見は、プエルトリコの物語が、ヨーロッパの侵略で始まったのではなく、もっとずっと以前から始まっていたことを示す直接の証拠なのです
 とアコスタ=コロン氏は結論づけた。

References:Mysterious Drawing of an African Lion Found in Ancient Puerto Rican Cave, Where There Are No Lions - The Debrief / 500-year-old lion drawing in Puerto Rican cave may have been made by an enslaved African | Live Science / written by konohazuku / edited by / parumo



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