徳川家に代々仕え忠義を尽くした「勝(すぐろ)一族」三方ヶ原合戦では武田軍を相手に奮戦【どうする家康 外伝】 (5/5ページ)
※『寛政重脩諸家譜』巻第千九十三 藤原氏(支流)勝
生年不詳~承応2年(1653年)8月16日没
【意訳】秀忠に仕えて御徒(おかち。騎乗せず徒歩で従う下級武士)を勤め、のちに富士見番(江戸城・富士見櫓の警固)に当たりました。
徳川の治世は、こうした地味な武士たちの忠義によって支えられ、実に二世紀半の永きにわたり栄えたのです。
今もこの勝(すぐろ/すぐり/かつ)一族は日本のどこかで活躍していることでしょう。どこかで巡り合えたら胸が熱くなりますね!
※参考文献:
『寛政重脩諸家譜 第8輯』国立国会図書館デジタルコレクション日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan