二代将軍・徳川秀忠には息子が二人、どちらが将軍に相応しいか家康が課した試験とは?【どうする家康 外伝】 (2/3ページ)
竹千代は既に出ておろうが、そなたら竹千代の心配はせんのか?」
そう言われてしまったら、出さない訳には行きません。国松は袴のすそを高く持ち上げ、しぶしぶ庭先へ出たのでした。
「はい、出ました!」
「……はい、出ました」
竹千代は元気よく、国松は今にも消えそうな声でそれぞれ答えます。
二人の足は早くも泥だらけ。これを見た家康は、続けて二人に命じました。
「うむ。では二人とも、その場に座れ」
「はい!」
竹千代は泥に尻跡を刻まんばかり、勢いよく座り込みました。国松はしばし立ち尽くした後、袴のすそをギリギリまで持ち上げながらようやく座ります。
「次は何をいたしましょうか!」
「……」
二人とも、上等な着物がずぶ濡れの泥だらけ。今にも泣き出しそうな国松に構わず、竹千代は家康に尋ねました。
ここに来て、家康は祖父の顔に戻って二人に命じます。
「二人とも、次は風呂で身体を温めて参れ。誰か、着替えも支度せよ」
こうして家康の試験は終わったのでした。竹千代も国松も、風邪をひかないといいですね。
天下を有(たも)つの器とは
家光と弟忠長と未だ幼稚なりし時、家康両人雨中に、庭に出よと言はれしに付、則ち出る時、家光は裾を掲げず、其儘出でり、忠長は裾を高々と掲げて出でり、地の上に座せよと言はれし時、家光は其儘座せり、忠長は彌々裾を高く掲げて座せり、家康爰に於て家光天下を有つの器あることを知られけり。