徳川家康の本陣まで突入!「大坂の陣」で見事な武勇を見せた猛将・毛利吉政(勝永)の活躍

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徳川家康の本陣まで突入!「大坂の陣」で見事な武勇を見せた猛将・毛利吉政(勝永)の活躍

『どうする家康』に登場し、大坂五人衆の1人として知られる毛利勝永こと毛利吉政(演:菅原卓磨さん)。

彼は真田信繁(幸村)同様、大坂の陣で活躍するのですが、知名度が低いためにどのような活躍をしたか詳しく知らない方もいるかと思います。

実は「天下の兵総崩れせしは、偏に真田毛利両氏が功ならずや」(『翁草』)と残されていることからわかる通り、信繁に劣らぬ活躍をしておりました。

今回は吉政の大坂の陣での活躍と大坂の陣前の生い立ちをご紹介します。

毛利吉政が大坂の陣にて着用した兜・白糸威水牛兜/Wikipediaより

森から毛利へ改姓

毛利輝元/Wikipediaより

吉政は森吉成の子として天正6年(1578)に誕生します。父の吉成は豊臣秀吉の古参の家臣であり、黄母衣衆の1人でした。

また、天正15年(1587)の九州平定、肥前国人一揆鎮圧の功績により、豊前国小倉6万石を拝領。小倉城を築城すると共に、内1万石を吉政に与えました。

この頃から、秀吉の指示によって森姓から毛利姓に変更しています。一説にはこの改称には毛利輝元の推薦があったといわれています。

それを裏付けるように、天正16年(1588)に吉政は輝元の接待役に任命され、能興行で太鼓を披露しました。

慶長2年(1597)には父と共に慶長の役に従軍。吉政は日本人が朝鮮の地に建てた蔚山(ウルサン)倭城で窮地に陥っていた加藤清正を救援した上で、明・朝鮮連合軍を撃破する活躍を見せました。

また、朝鮮で入手した犬を豊臣秀次に贈ったことで、礼状を貰っています。

関ヶ原の戦いと改易

山内一豊/Wikipediaより

関ヶ原の戦いでは父と共に西軍に加担。吉政は伏見城の戦いに参加し、戦功を挙げたことで輝元と宇喜多秀家から3000石の加増を受けました。

ちなみに、父の吉成は豊前国に留まっています。

徳川家康と石田三成が激突した関ヶ原本戦では安国寺恵瓊の指揮下に置かれましたが、家中の混乱に巻き込まれ、活躍なく終わりました。

戦後、毛利親子は家康が伏見城普請中に木材不足で困っていた際、窮地を救った恩により処分はありませんでした。

しかし、所領全てを黒田官兵衛に奪われていたことで改易。

毛利親子は加藤清正、次いで山内一豊のもとへ預けられました。一豊とは旧知の仲であったこともあり、1000石の領地をあてがわれ、厚遇されました。

そして、慶長15年(1610)の正室の死に伴い、出家。一斎と名乗ると共に、翌年には父の吉成が病死しました。

大坂城へ入城

豊臣秀頼/Wikipediaより

慶長19年(1614)、吉政は豊臣秀頼から招集を受けたことをきっかけに土佐国から抜け出すことを考えます。

しかし、山内家は徳川側に付いており、自身が豊臣側に付くと妻子たちに難儀が降りかかることを涙ながらに伝えると「秀頼様のために働くことこそ、毛利家の名誉。私たちが心配ならば、波に沈み命を断ちましょう。」と妻が吉政を激励しました。

この言葉に背中を押してもらった吉政は、山内家を欺き大坂城へ向かいました。

しかし、大坂冬の陣は信繫の活躍により、目立った活躍なく収束します。

家康本陣へ突入する奮戦ぶり

真田信繫と徳川家康/Wikipediaより

翌年の大坂夏の陣では冬の陣で活躍できなかった分、多大な活躍を見せました。

まず、道明寺の戦いで戦死した後藤又兵衛の敗残兵をまとめ上げて撤退しました。この時、又兵衛を死なせてしまい自責の念に駆られる信繁を励ましたと言います。

その後の天王寺の戦いでは、本多忠勝の次男・本多忠朝や小笠原忠脩(ただなが)を討ち取り、小笠原秀政には重傷を与えました。

その勢いのまま、榊原康勝や本多忠純、安藤直次を含んだ10個の部隊を撃破。家康の本陣まで突入する武勇を見せつけました。

しかし、共に家康本陣に突入した信繁の部隊が壊滅すると、吉政は撤退します。その際、諸将の攻勢に加担しつつ、大坂城へ入城しました。

そして、秀頼の介錯を行った後、長男の毛利勝家や弟の山内吉近と共に自害しました。戦後には次男の太郎兵衛も処刑されました。

最後に

真田信繁と共に家康の本陣に突入した活躍があるにもかかわらず、ここまで知名度が低いのは大坂冬の陣であまり活躍できなかったことが大きな要因かと考えられます。

ここまで活躍したにも関わらず、あまり語られていないのは不憫に感じてしまいますね。

参考:今福匡『真田より活躍した男 毛利勝永』‎2016年、‎宮帯出版社

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