山岳信仰や修行、狩りの為だった「登山」を国民的スポーツにした男・高頭仁兵衛【その2】 (1/2ページ)

Japaaan

山岳信仰や修行、狩りの為だった「登山」を国民的スポーツにした男・高頭仁兵衛【その2】

山に登ることから登山に対する興味が増し、険阻な山とされていた八海山の登山で、母親に登山を禁止されたことから、不満を晴らすために、金と暇を、山岳研究にそそぐようになります。

前回の記事

山岳信仰や修行、狩りの為だった「登山」を国民的スポーツにした男・高頭仁兵衛【その1】

山に関する書物を買い集め、古老や山に登る人を探して話を聞き、陸軍の陸地測量部を訪ねて山の位置や標高を、確かめたりしました。

地味ではありましたが、堅実な行動力で、およそ6年の歳月をかけて、我が国で初めて山岳辞典を兼ねた案内書『日本山嶽志』を3000部も自費出版。当時としても、一個人でかなりの部数を出版しました。この書は、今でも、登山家の必読の書となっています。

このほか、『日本太陰暦年表』上・下巻、『御国の咄』を刊行。山嶽志の姉妹編ともいえる『日本河川誌』は未刊に終わってしまいましたが、そのうちの一部は当時の会報「山岳」に掲載されました。

「山岳信仰や修行、狩りの為だった「登山」を国民的スポーツにした男・高頭仁兵衛【その2】」のページです。デイリーニュースオンラインは、高頭仁兵衛登山カルチャーなどの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る