お金のために命をかけた狂戦士「鎌倉武士」の切実な”中抜き”事情…節税対策に励んだツワモノも (2/2ページ)

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鎌倉時代に日本が侵攻されたとき、「神風」を起こして日本を守った風の神様とは?

しかし、彼らは血も涙もない戦闘狂だったわけではありません。というのも、当時は従う代わりに土地を譲り受ける契約「御恩と奉公」で武士と主人の主従関係が成立していた時代。武士は土地を譲り受けるために武功や戦果をあげる必要があり、仲間の命よりも勝利に固執する必要があったと考えられています。

ではなぜ、当時の武士はそれほどまで「土地」に執着したのでしょうか。

土地の価値

鎌倉時代に活躍した指折りの武士たちが戦う理由は、「土地(所領)」を手に入れるためでした。彼らが必死になって土地を所有しようとしたことには、「当時の収入や税金システム」が関係しています。

当時の税金システムは、所領に住まう農民から集めた野菜や米などを武士が中抜き(手数料を引くこと)をして、幕府に納めるというもの。この中抜きで得たものが、武士たちの実際の収入となったわけです。

悪徳領主の場合は農民に重税を強いて、中抜きの取り分をかさまししたそうですが、一般的な領主の場合は中抜きできる量も限られていて苦しかったといいます。

そのため多くの収入を得るためには、広い土地を所有する必要がありました。このことから当時の武将たちは、広い土地を獲得するために戦っていたことが分かります。

ちなみに、武士の屋敷内にある田畑から作られた野菜は非課税対象だったようで、節税意識の高い武士は屋敷を広くして家庭菜園をおこなっていたそうです。

現代と鎌倉時代の共通点

こうして考えてみると、現代の私たちと同様に鎌倉時代を生きた武士たちもお金の悩みは尽きなかったのかもしれません。当時の武士たちが節税対策を必死に考えている姿を想像すると親近感がわきますね。

現代を生きる私たちと、鎌倉時代を生きた武士たちの生活の根本にあるものは案外変わらないのかもしれません。

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