日本人で初めて洋髪をしたのはあの人物!日本人の男性がチョンマゲから洋髪になるまで (2/3ページ)

Japaaan

洛中洛外図屏風

1871(明治4)年には、前述の散髪令が出されました。当時、欧米人にとって、日本人の髷が奇異にみられてたので、これを廃して欧米御同様にし、欧米列強と並ぼうとしたものでした。

法令では、散髪は個人の自由意志とされましたが、どちらかというと政府がこれを奨励しました。政府高官は、法令に先立って一斉に散髪をしています。1873(明治6)年には、天皇みずからが散髪し、洋髪を奨励しました。

当時の流行歌に「散切り頭の唄」というものがあります。

‟半髪アタマを叩いてみれば、隠遁姑息の音がする

総髪アタマを叩いてみれば、王政復古の音がする

散切りアタマを叩いてみれば、文明開化の音がする”

※隠遁姑息:古い習慣ややり方にとらわれて改めようとせず、その場しのぎに終始するさま

また、当時の新聞上には、‶粋な散髪、嫌みな茶筅(ちゃせん)、髷のあるのは野蛮人”という俗謡も掲載されたりしたようです。

どうやら、男の人の立場や主義が、髪型によって象徴されているようにみられていたようです。

1877(明治10)年頃には、若い世代から、徐々に散髪が普及しましたが、それまでずっと髷を結っていたため、洋風にした髪をわけたり寝かせたりすることが困難だったと、当時来日していたアメリカ人動物学者、エドワード・シルヴェスター・モースも『日本その日その日』の中で、述べています。

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