謎に包まれた地上絵「サーン・アバスの巨人」の過去がついに明らかに? (2/5ページ)

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 この説によれば、目立つ男根はイギリスのピューリタン革命(1642~49年)の指導者、クロムウェルのピューリタニズム(プロテスタントの一派、ピューリタン(清教徒)の思想)を表しているという。

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・巨人はヘラクレスでウェストサクソン軍の集合場所だった
 この謎について、オックスフォード大学のふたりの歴史家が堆積物やカタツムリの殻などを含む大量の証拠を集めて新たな研究論文を発表した。

 それによると、サーン・アバスの巨人像は、これまでの説にあったように神話の英雄「ヘラクレス」を描いているという。

 さらに、ここは、襲撃してくるヴァイキングと戦うため、ウェストサクソン軍が集結する場所で、士気を上げるための目立つランドマークとして描かれたものだと主張した。

 もともとそういった説はあったのだが、修道士たちはそれを支持しなかった。彼らは、この像を地元の守護聖人という形で財産として守ろうとしたのだろう。

 ヘラクレスはたいてい、こん棒を持った姿で描かれることが多く、サーン・アバスにも見られるように、割れた腹筋がいかにもたくましい裸体姿で描かれるという。

 「中世初期の時代に古典的な神ヘラクレスの人物像を作るというのは、違和を感じるかもしれないがこん棒が手がかりとなる」論文著者のヘレン・ギトス博士とトーマス・モルコム博士は書いている。
手がかりはこん棒だ。
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