兄・源雅信に比べて影が薄い印象?音曲に通じた源重信(鈴木隆仁)の生涯をたどる【光る君へ】 (2/3ページ)
やがて成長すると藤原朝忠(あさただ)や源高明(たかあきら)、藤原師輔(もろすけ)や藤原頼忠(よりただ)の娘たちを妻に迎え、多くの子宝に恵まれました。
さて、父が皇族であることから順調に出世していった重信。しかし安和2年(969年)に舅の源高明が源満仲(みつなか)に陥れられると、連座で昇殿を止められてしまいます。
後世「安和の変」と呼ばれる事件の影響は4年に及びましたが、天禄4年(973年)に昇殿を再開できました。
その後は皇太后大夫(先代天皇陛下の皇后を補佐)として昌子内親王を補佐し、また皇太子傳(皇太子殿下の教育係)として居貞親王(後の三条天皇)を支えます。
そして従一位・左大臣にまで上り詰め、正暦6年(995年)5月8日に世を去りました。享年74。死後まもない5月26日に正一位を贈られ、まさに「位大臣を極めた」のです。
真面目で人懐っこい愛されキャラ?
重信が得意とした笙(しょう)。ぜひ劇中でも聞かせて欲しい(イメージ)
さて、源重信の生涯を駆け足でたどってきましたが、その人柄はどんなだったのでしょうか。
冒頭に紹介された音曲の才能は父譲りと言われ、人懐っこい性格から村上天皇をはじめ人々に愛されたと言います。
恋愛分野は苦手だったようですが、そんな不器用さも魅力だったのかも知れませんね。
また重信は仕事熱心だったと言います。修理大夫(しゅりのたいふ。すりのかみ)を務めていたころ、しばしば内裏の周りを巡回し、壊れている箇所を見つけるとすぐに修理したとか。