原因はクーデター…紫式部(まひろ)の父・藤原為時の短すぎる栄華と権力争いに巻き込まれた悲劇【後編】 (1/3ページ)
寵愛した女御の死
【前編】では、藤原兼家の策謀によって花山天皇が即位し、それに引っぱられる形で紫式部の父・藤原為時も出世できたということを解説しました。
前回の記事はこちら:
【後編】では、兼家の計略に翻弄される形で、彼らがその地位を失っていった経緯を見ていきましょう。
花山天皇が、兼家の野望にどこまで気付いていたかは不明です。ともあれ花山天皇は、藤原忯子という女性を深く愛して女御に迎えました。忯子は、かつて兼家と激しい出世争いを繰り広げていた藤原為光の娘です。
花山天皇から深い寵愛を受けた忯子ですが、彼女は懐妊した直後の985年に急死しました。わずか17歳という若さでした。
花山天皇は、最愛の妻を失ったことで嘆き悲しみます。
