戦国時代になんとハーフの武将がいた!その風貌から「人鬼」と恐れられた戦国武将・和仁親宗と一族の悲劇 (3/6ページ)
大友氏の当主が大友宗麟だったころ、宴会の席で親宗の父・和仁親続はポルトガル人から与えられたオランダ人を宗麟からもらい受けました。
宗麟から子どもを作るよう勧められたこともあり、親続はオランダ人との間で子を成します。こうして、ハーフの戦国武将・和仁親宗が誕生しました。
親宗の母は「南蛮様」と呼ばれ、丁重に扱われましたが、慣れない環境と気候により親宗が幼少期に病死してしまいます。
亡くなる前に「オランダに繋がる海が見えるよう高い場所に埋めてほしい」と遺言を残したことから和仁氏の居城・田中城近くの山に埋葬しました。
そして、その場所は南蛮毛と呼ばれ、現在も上和仁(熊本県玉名郡和水町)にその名が残っています。
