これはえげつな!!花山天皇が母と娘それぞれに生ませた皇子たち【光る君へ】 (2/4ページ)

Japaaan

筆者自作

花山天皇
第65代天皇陛下。 冷泉天皇
第63代天皇陛下。花山天皇の父親。 中務(なかつかさ)
平祐之の娘で平祐忠の妻。後に花山天皇の愛妾となる。 平平子(たいらの へいし/ひらこ)
平祐忠と中務の娘。母の中務と同時期に花山天皇の愛妾となる。 平祐之(すけゆき)
中務の父親。身分が低いこと以外は詳細不明。 平祐忠(すけただ)
中務の夫で平子の父親。中務と死別か離婚したものと考えられる。 清仁親王(きよひとしんのう)
中務が生んだ花山天皇の第一皇子。後ほど詳解。 昭登親王(あきなりしんのう)
平子が生んだ花山天皇の第二皇子。後ほど詳解。

これだけでも、家系図がなかなかカオスになりますね。

ひとまずは以上を踏まえて、二人の皇子を紹介していきましょう。

花山天皇の第一皇子・清仁親王

清仁親王(イメージ)

生年不詳~長元3年(1030年)7月6日没

清仁親王は複雑な家庭の事情から、異母弟であり義理の甥でもある昭登親王と共に祖父・冷泉天皇の第五・第六皇子として育てられました。

しかし人々は実態を知っており、清仁親王を親腹皇子(おやばらのみこ)、昭登親王を女腹皇子(むすめばらのみこ)と陰口したと言います。

寛弘元年(1004年)に昭登親王と共に親王宣下。これで正式に冷泉天皇の皇子として認められました。

これに対して花山天皇と対立していた藤原道長は難色を示したものの、やむなく受け入れます。

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