10年ぶりの再就職!しかし…なぜ紫式部の父・藤原為時は任官に抗議したのか?【光る君へ】 (2/4ページ)
「納得いきませぬ!」
国司の辞令を握りしめ、為時は大いに憤慨していました。
実は国司と言っても、淡路守だったのです。現代の兵庫県淡路島ですね。当時、淡路国はとても貧しく、豊かな暮らしは望めませんでした。
だから為時は不満だったのですが、それなら今年も無職のままだった方がよかったと言うのでしょうか。
いやいや、そういう問題ではないのだ!とばかり、為時は抗議の手紙を書きました。
「私が寒い夜も必死に耐えて勉学に励み、血の涙を流してきた日々をご存じでしょうか。努力が報われず、今はただ呆然と空を見上げるばかりです」
……なんてことを漢詩にしたためたとか。まったく、文句一つ言うにも仰々しいったら、実にめんどくさいインテリですね。
普通、こんなモノはクシャポイ(紙を丸めて捨てる≒無視)か、何なら任官自体を取り消されかねません。
個々の不満をいちいち聞き入れていたら、人事制度自体がたち行かなくってしまうからです。
しかし時の一条天皇は為時をよほど哀れに思ったのか、藤原道長に打診したのでした。
ゴネ得が通って喜ぶ為時。