10年ぶりの再就職!しかし…なぜ紫式部の父・藤原為時は任官に抗議したのか?【光る君へ】 (3/4ページ)
「のぅ叔父上(道長。母・藤原詮子の弟)。ここは一つ、何とかしてやれぬか」
「えぇ~?」
可愛い甥っ子であり、他ならぬ天皇陛下のお願いですから、何とかしない訳にはいきません。
そこで頭を捻った結果、家臣の源国盛(くにもり)が越前守(現代の福井県を治める国司)に決まっていたので、その座を譲らせることにしました。
越前ならば、淡路より豊かですし、文句もないでしょう。かくして為時は、ゴネ得で淡路守から越前守に栄転?となりました。
「えぇ〜っ?そんな理不尽な!」
一方、源国盛はショックのあまり寝込んでしまい、そのまま息絶えてしまったそうです。
あまりの理不尽であると共に、当時の貴族たちにとって、国司の任官はそれだけ死活問題であったことが分かります。
終わりに
一条天皇の無茶ぶりを叶えたせいで、部下を喪ってしまった道長(イメージ)
以上、藤原為時が越前守になった経緯を紹介してきました。
