初登頂と思ったのになんと平安時代に登ってた!日本山岳史の謎「剱岳山頂に錫杖と剣の遺物」 (2/5ページ)
わざと置いていったのか、ここで亡くなったために(物が)残ったのか、亡くなったのであれば骨があるはずだが、吹き飛ばされたのか、この謎は誰も解けまい」と書いています。その当時の興奮が伝わるようです。
奉納されたのか、持ち主が死亡したのか? 錫杖頭と鉄剣は両品とも同じ方向で置かれており、錫杖に通常懸けられているはずの輪が一つもないことから、現在では奉納する意図があったと推測されています。
立山山域にある大日岳頂上近くにも行者窟というのがあり、そこにも平安時代の錫杖の頭部のみが発見されています。
地獄の剱岳には空海も登れなかった?
剣岳を含めて立山室堂は、立山信仰が栄えた場所。
『立山開山縁起』によると、飛鳥時代から奈良時代にかけて生きた佐伯有頼(さえきのありより)という者が霊示を受けて開山。