初登頂と思ったのになんと平安時代に登ってた!日本山岳史の謎「剱岳山頂に錫杖と剣の遺物」 (3/5ページ)

Japaaan

越中国司の父を持つ有頼は、鷹と熊に化けた不動明王と阿弥陀如来の導きで立山室堂を発見しました。

立山室堂の全景

阿弥陀如来は、「乱れた世を救おうと、ずっと前からこの山でお前を待っていた。この山を開き、鎮護国家、衆生済度の霊山を築け」と告げ、立山は開山されて広く認知されていきます。立山は「あの世」と称され、「立山曼荼羅」には地獄と極楽が描かれました。その中で、地獄の険しい針山として描かれているのが「剱岳」です。

立山曼荼羅、一番左端上が剱岳(国立国会図書館より)

同じ平安時代の空海(弘法大師)が草鞋千足を費やしても登頂できなかった、という伝説があるほどです。空海と同時代の僧が、登山道も装備も道具も貧者な時代に、どのルートからどのように登ったのでしょうか。

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