実は道長にはもうひとりの姉が!大河「光る君へ」に登場なし…藤原道長の姉・藤原超子とは? (2/3ページ)

Japaaan

【藤原超子の子供たち】
三条天皇(居貞親王)
為尊親王(ためたかしんのう)
敦道親王(あつみちしんのう)
光子内親王(こうし/みつこないしんのう)

やがて従四位上に叙せられた超子。我が子の即位を楽しみにしていたことでしょうが、それを見ることなく亡くなってしまいます。天元5年(982年)1月28日のことでした。

寝るなー!藤原超子の死因は……

その日は特に眠かった?藤原超子(イメージ)

我が子の皇位継承を見届けることなく、若い生命を散らせてしまった藤原超子。その死因はハッキリしないものの、こんなエピソードが伝わっています。

超子が最期を迎えたのは、庚申待(こうしんまち、こうじんまち)の夜でした。庚申(こうしん/かのえのさる)とは六十日に一度めぐる干支の日です。

この日に眠ると、体内に眠っている三尸虫(さんしのむし)が身体から抜け出して、閻魔様に本人の悪事を告げ口にいくのだとか。

しかし眠らなければ三尸虫は体内に留まり、悪事を告げられずに済むと言います。

だから庚申の日はみんなで徹夜、何とか眠らないように夜明けを待ったのでした。

この庚申待の夜が明けようとする時、超子は眠るように息を引き取っていたのです。

ついうっかり眠ってしまい、三尸虫と一緒に霊も持っていかれてしまったのでしょうか。

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