鉄の肺で70年以上生きたポール・アレクサンダーさんが死去 (2/6ページ)
そのせいで首から下が麻痺し、自力で呼吸ができなくなったため、鉄の肺の中で一生を過ごさねばならなくなった。
[画像を見る]
子供時代、鉄の肺の中から口にくわえたペンで絵や本を書いていたポールさん・困難な状況の中、様々な偉業を成し遂げる
1954年から理学療法士の助けを得て、ポールさんは独学で舌咽頭呼吸法を学び、徐々に鉄の肺から離れることができるようになったが、寝るときはやはり鉄の肺が必要であった。
このような困難な状況にもかかわらず、ポールさんは作家・弁護士として、さまざまな偉業を達成し、その不屈の魂と笑顔で世界中の人々を勇気づけてきた。
21歳のとき、彼はテキサス州ダラスの高校を一度も授業に出席することなく卒業した最初の人物となった。
苦学の末、サザン・メソジスト大学に入学し、さらにテキサス大学オースティン校のロースクールに入学。
弁護士になるという夢を叶え、法廷では改造した車椅子で麻痺した体をまっすぐに保ち、スリーピースのスーツをまとって、クライアントの弁護に努めた。
[画像を見る]
スーツ姿で車椅子に乗るポールさん
また、障害者の権利を求めて座り込みを行ったこともある。
その時の体験を綴った『Three Minutes for a Dog(犬のための3分間)』という155ページにおよぶ回顧録は、ポールさんがペンを取り付けた棒を口にくわえて一字一字書いたもので、完成までに8年以上を費やした労作だ。