維新の志士たちもこぞって写真撮影!幕末は日本の写真文化の夜明け (2/3ページ)

Japaaan

現地では、西南戦争の激しい様子を撮影し、なかでも、砲火の瓜痕も生々しい田原坂を写した一枚は、彦馬の名を不朽ならしめています。

一方で、下岡蓮杖(しもおかれんじょう)の方は、最初画家を目指して活動していたようです。ところが、偶然見た銀板写真に感銘を受け、事物をそっくり写すには、絵画より写真だと、画家を辞めて下田に行き、タウンゼント・ハリス領事の通訳・ヒュースケンから写真技術を学び、さらにジョン・ウィルソンからも写真機を譲ってもらったりなどしました。

下岡蓮杖 (wikipediaより)

蓮杖が写真館を開いたのは、横浜の野毛で、1867(慶応三)年の末のことでした。彼の写真は外国人客に大変な評判で、一か月に二百五十両も稼いだとの話も伝わっています。

彦馬が西南戦争を撮影したのに比し、蓮杖は1872(明治五)年、新橋駅で行われた鉄道開通式を撮影しました。選んだ被写体が、二人の特徴をよく表しています。

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